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「明日への提言」  バックナンバー: 2014年

多様性とレジリエンスを踏まえた持続可能な開発

小池 俊雄(東京大学大学院教授)

多様性について

1998年11月末、筆者はシベリア極東のヤクーツク郊外のアカマツ林に設置された大気-陸面の相互作用を計測する30m のタワーを訪れた。その2ヶ月後、今度はアマゾンの中核都市マナウス郊外の40m のタワーに登った。前者は気温-40℃のアカマツ林の雪景色、後者は+40℃、湿度100%の熱帯雨林である。シベリアでは、木々の樹高、樹形が、まるで植林されたかのように揃っていて、視程の限りただひたすらに単調であった。アマゾンでは全く逆で、一本一本の姿かたちが大きく異なり、あたかもすべてが別種であるかのようで、あまりにも多様な風景にただただ驚愕するばかりであった。

丸い地球では、太陽から受け取るエネルギー量が緯度に応じて系統的に違っており、熱容量の大きな海洋が及ぼす影響の違いとも相まって、植物の成長量、有機物の分解量、風雨による災害外力、微生物や害虫などの影響に明確な違いが生じる。その結果、高緯度帯では必然的に単調となり、またそれが赦される環境が形成される。一方、低緯度帯では多様であることが生存戦略の必須条件となる。短期間に経験したこれら2つのタワーからの眺めの違いから、私たちが生きるこの地球の多様性とその意義を実感した。

地球生物圏の一部として発生、分化し、いまや地球システム全体に影響を与えるようになった人間圏も多様である。文化史家、思想史家、そして倫理学者である和辻は、あきれるほどに湿ったモンスーンアジア、過酷な半乾燥帯の中東を巡り、その後に訪れた地中海を「牧場的風土」と評し、古代ギリシア、ローマ文明は、この従順な風土のもとで、しかも労働から一定の隔たりをおける社会条件をつくり上げることによって成り立ったとしており、環境と人間活動が織り成す風土の多様性を説いている。

しかしながら、侵略や植民地支配、宗教的衝突など、人間圏における社会史は、多様性を否定し、自らの価値観や文化を押し付けてきた歴史と言ってよかろう。経済的価値観を中心に据えた統治は、そもそも中世から近世にかけて混乱の極にあった欧州において、危険で破壊的な情念をコントロールして、安定した統治を確立するために導入されたパラダイムであった。しかし、このパラダイムによって西欧の近代化が進められ、要素原理依存型の科学技術の発展と利潤追求に主導された成長型文明を築き上げられた。現代、これこそが世界標準と考えられて、多様性の存在意義が危うくなっている。 続きを読む


無分別智の現代的解釈

森 政弘(東京工業大学名誉教授)

1.問題の所在

ここ数十年間、人口、食料、機械と組織による人間疎外、環境汚染、原子力とエネルギー、資源枯渇……など、世界的な大問題が続出し、その上それらは互いに関連し、幾重にも矛盾した深刻さを呈している。もちろんこれに対して諸組織が取り組んではおられるが、場当り的であったり、確とした哲学的根拠に欠けるものがほとんどである。

筆者はこの状況を救済する指導原理は仏教哲学に限ると熟慮し、昨年夏に佼成出版社より『仏教新論』(2013)を上梓させて頂いた(1)

その神髄は、人類が「自然(じねん)」の態度を取り戻すところにあると集約できる。これなき限り地球に救いはない。

それには、仏教哲学の大本であり根本原理である諸法実相を体得する必要があるのだが、実相は非常に深遠であり、このことが仏教の広汎な応用を妨げてきたと思われる。

当然その解説は、僧侶や仏教学者によって行われてきてはいるが、引用例があまりにも昔のものや、原始仏教の探求など広義の仏教史の方向のものが多く、科学が急激に進歩し、社会組織が複雑化した現代に対して忠告を与え、解決へと導く力は弱い。

一方、科学者(社会学者・技術者も含め)の中の心ある人々は、仏教に救済の鍵を求めて、巷の書店で解説本を手にしたりされるが、上記の理由で、どれもがピッタリとした答えを与えてはくれないのが現状である。書店ではとくに、般若心経の解説本が目立つが、ほとんどが上記要求には答えられていない。 続きを読む


グリーン・ブッディズムへの転換に向けて

柳 吉龍(智慧共有協同組合理事長)

東西冷戦終結後の未来

過去四半世紀に世界で起きた最も大きな事件を挙げるとするならば、1989年をピークとする東欧革命であり、90年の西ドイツの東ドイツ統合、91年のソビエト連邦(ソ連)の崩壊ということになろう。

ソ連の消滅後、東西冷戦の終結を指して、資本主義の勝利を宣言する者もあった。だが、宇宙船地球号の乗員にとって、その言葉は虚しく響くだけである。私見では、資本主義体制は言うまでもなく、社会主義体制も、所詮、地球資源を無尽蔵としてみる生産力主義、物質中心主義の歴史発展観の内側にあったのであり、両陣営とも地球環境の悪化に加担してきたことは否定できない。現に冷戦終結後、世界経済は大量生産・大量消費・大量廃棄の資本主義・市場主義経済一辺倒のグローバル化が推し進められ、経済発展と地球環境との間の矛盾や相克の度合いは目を見張って拡大する一方である。

生産力主義のこのような持続不可能な世界を人類は今まさに変革しなければならない。

一方、今なお、冷戦の影響は周辺のアジア諸国にも色濃く影を落とし、朝鮮半島はヤルタ会談によって北緯38度線を境に南北に分断され、その対立が続いている。

昨年(2013年)、朝鮮半島は停戦協定を結んで60年を迎えた。停戦協定は、戦争をしばらく中断するということであるだけに、まだ、戦争は完全に終わっていないという意味が含まれる。そこで多くの平和運動家たちは、この停戦協定を平和協定に転換し、平和体制を創出しなければならないと主張してきた。

朝鮮半島の南北の分断の熾火は、両国に軍事費支出の根拠を与えるだけではなく、経済発展を遂げた中国のG2論を背景とした軍事費の増強や日本の平和憲法9条の見直し・改憲の潮流ともなってアジアをより不穏当にさせている。したがって、朝鮮半島の分断の克服と統一は、単に韓国と北朝鮮の問題にとどまらず、アジアの平和実現に向けての課題でもある。

しかし、それだけでよいのであろうか。朝鮮半島の統一という巨大な政治的変化に、文明的転換のプログラムを組み込むことはできないのであろうか。今、私は「グリーン」的なビジョンを基に統一の未来を構想している。その核となるのが、成長社会の価値観の転換として成熟社会を志向する「グリーン」的ビジョンであり、これを宗教にも適用することであると考える。そこで本稿では、「グリーン・ブッディズム」について論じることにしたい。 続きを読む


古代紫に関わる幾つかの話

澤田 忠信(明星大学理工学部教授)

 古代紫といわれても知らないという方がほとんどだろう。文字通り古代に、特に紀元前の地中海周辺地域で好まれた染料である。染織家から是非やりましょうといわれ、この程度のものは当然合成品が出回っていると考え、簡単に返事をしたことから始まった。実は市販品はなくやむなく合成をした。こんな事情で始まったが意外な染料でもあり、これに興味を持つ染織作家達ともであい、作品作りが始まった。 まずはこの染料の科学的な認識から始めたい。古代紫(貝紫、帝王紫、チリアンパープルとも言う、化学名は6,6′-ジブロモインジゴ)は1909年、P. Friedlanderにより12000粒のシリアツブリボラ(アクキ貝科で肉食性の貝)から1.4g の色素が取り出され化学的組成が明らかにされた。ここで図に古代紫と構造類似の藍の化学式を示す。

(図;左は古代紫、右は藍の化学構造式)

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