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「明日への提言」

楽しく地域に関わる

平 修久(聖学院大学教授)

 高齢化を伴った人口減少社会において、地域運営への市民の参画とその環境整備が欠かせない。市民参画は自主的であるべきで、それだからこそ、楽しみながら行うことが望まれる。筆者の見聞きした事例や体験などをもとに、市民の地域への参画の在り方について、以下に述べることとしたい。

市民による川づくり

 川は都市部に残された貴重な自然であり、憩いの場でもある。川沿いに樹木を植え、気持ちの良い遊歩道を作りたいと願う市民はあちこちにいる。

 埼玉県朝霞市では、黒目川沿いに、桜を植えて桜並木を延長したい市民と、周辺の斜面林の景観と合う在来種を植えたい市民とが対立した。市民の異なる希望の調整に行政が苦慮する中、「黒目川の景観を考える会」という市民団体により、利害関係者が直接協議、解決策案を検討する公開討論の場として、黒目川の景観を考える集いが開催された。市民の進行による話し合いを十分に行った結果、桜と在来種のそれぞれの植樹ゾーンを設けることが合意された。

 決定を行政に委ねるのではなく、市民同士が話し合い、主権者の自覚を持って合意した事例だ。行政が決めた場合は市民の間に不平不満が残る場合があるが、自分たちが決めたことを市民は尊重する。

市民の可能性

 アメリカ西海岸のオレゴン州ポートランド市では、市民が住宅地の交差点にペンキで絵を描き、交通安全や居住者間の交流を図っている。

 以前、空き地で居住者同士によるティーパーティーを行っていたところ、市が建築基準条例に基づき禁止命令を出した。それに対して、市民グループは、交差点に絵を描くことにより、交差点は共有スペースであると主張する計画を立てた。市の交通部にこの計画を提示したところ、否定された。そこで、市の許可なしに交差点に絵を描き、合わせて、歩道に、ベンチ、掲示板、お茶を提供する台を設置した。

 交通部はすぐに、それらの削除・撤去を勧告した。市民は、交差点の自動車交通や居住者の行動を観察し、自動車の速度低下により安全が向上し、居住者の会話が増加し、犯罪が減少したことを議員にプレゼンし、市民の活動が承認された。

 これはシティ・リペアと呼ばれ、ポートランド市以外においても一定の条件のもと、許可されている。市民の力を示す好例である。残念ながら、日本にはまだ事例がない。

資格よりもやる気

 お父さんたちの地域活動の成功事例の一つに、千葉県習志野市の秋津コミュニティがある。秋津小学校は、お父さんたちの秘密基地となっている。学校創立10周年を記念した動物飼育小屋づくりを皮切りに、校庭の大改造、秋津まつり、ワンデイキャンプなどを行っている。「無理なくできる人ができる時に、できることをやる」というのがモットーだ。

 視察させて頂いた際に、地域のお父さんたちが思い思いのことをしていた。仕事上の知識や経験を活かしている人もいるが、資格がないとダメということではない。それよりもやりたいという意志の方が重要だという説明が印象的であった。

 子どもに少しでも褒められたり、感謝されたりすると、ますます活動にのめり込むようだ。子どもたちの教育にとっても、週末に家でゴロゴロしている父親を見るよりも、生き生きと楽しそうに活動している父親を見る方が良いに決まっている。

 このような地域だからこそ、就職等で秋津を一旦離れた子どもたちが、結婚後、子育てするなら秋津ということでUターンするケースがかなりあるという。

地域活動の面白さ

 地域では、社会的地位がいくら高くても、それはあまり通用しない。地域社会は、肩書なしの平等な関係で成り立っている。このことをわきまえていないと総スカンを食らう。

 市民はお金では動かず、想いで動く。やりたいから、どうにかしたいから活動する。つきつめると自分の満足のためであるが、それがひとさまのためにつながるから、余計にうれしいということになる。

 長年ボランティア活動に携わっていた方が、「ひとのためといっている間は本物のボランティアではない。そのような人は、相手に喜んでもらえないと、せっかくやってあげたのにと愚痴が出る。ボランティア活動は自分のためと思うようになって、本物のボランティアになる。」と語っていた。自分の行為に満足し、もしも相手が喜んでくれたら、それはボーナスと考えた方が、気楽であり、活動も長続きする。

 地域の課題は千差万別なため、地域活動は定型化しにくい。同じテーマであっても地域条件が異なれば、活動内容も方法も異なる。そのため、知恵が必要だ。同じ志を持つ市民で悩むことにより、知恵が生まれる。地域活動をやればやるほど、脳が活性化され、知恵は湧いてくる。

 地域活動は初心者にとって未知の世界だ。正解は一つではないし、正解がない場合もある。難しいからこそ、やりがいがあり、面白い。

自治ということ

 このような活動は、市民参加のレベルを議論する際に頻繁に参照されるアーンシュタインの「市民参加の階梯」の最も高い段階の「自主管理」に相当する。この段階は単なる参加を超越し、自治に該当する。地方自治は市民自治と、行政組織による団体自治から成り立っているが、紹介した事例はいずれも市民自治である。

 この自治が、地方分権の推進とともに、自治体の重要テーマの一つとなっている。NPO法人公共政策研究所によると、平成28年5月12日現在、351自治体が自治基本条例を制定している。

 ところが、自治とは何かをわかりやすく市民に説明することは意外と難しい。川口市の自治基本条例では、自治とは、「市政の主権者である市民が、市民として幸せに暮らせる地域社会を築くことをいう」と定義している。まちづくりに相通ずるものがある。

自治を実現する方法

 どのようにして自治を行うのだろうか。大きく分けて3つの方法がある。

 第1は、市民が自ら、幸せに暮らせる地域社会を築く方法である。いわば、市民による地域活動・まちづくりであり、市民自治である。

 第2は、市民が自治体に信託し、自治体が自治を実現する方法である。具体的には、行政サービスや公共工事などであり、団体自治に該当する。実際には、この方法による自治の比重が高い。しかし、財政逼迫により量的拡大は難しく、また、ニーズの多様化・高度化への対応についても限界がある。

 第3の方法は、市民と自治体による協働である。

市民と自治体の協働

 「協働」は、戦前から存在したことばであるが、戦後は死語に近い状況になっていた。再び使われるようになったのは、オストロムの「地域住民と自治体職員とが協働して自治体政府の役割を果たしていくこと」を意味する造語co-productionを、荒木昭次郎が概念を発展させ、「協働」と称した1990年ころからである。

 バブル経済が破たんし、財政状況が厳しくなりつつある中、行政にとってはありがたい考え方であった。一方、地域に関わる希望を持った市民も地域運営に関わる主体として認知されるようになっていた。このように、行政サイドも市民サイドも、協働を行う素地が形成されていた。

 多数の自治体で、行政運営の重要な柱として協働が位置づけられ、定義や原則が定められた。大半の自治体では、目的共有、相互理解、対等の立場といった原則が示されている。

 目的共有や相互理解の原則はある程度の努力で満たすことはできるが、対等の原則を満たすことは難しい。主権者という観点からは、市民は自治体職員の上に立つことになる。しかし、実際には、自治体が権限や財源を握っている。お互いの立場を理解、尊重した上で、互いにイコール・パートナーだという意識が重要になる。互いに「拒否権」を持っているという意識が重要だという市民もいる。

協働の前提は互いの信頼関係

 協働を進めるため、協働推進指針・計画を策定し、市民に協働事業を提案してもらい、実施している自治体が増えている。

 採択されたとしても、スムーズに実施され、市民も自治体も双方が満足して終わるとは限らない。行政内部に協働事業実施に関するマニュアルは存在するわけではなく、夜間・週末に行うためプライベートの時間が減ったり、市民との打合わせなどで行政単独実施よりも時間がかかる。したがって、総論は賛成しても、実際に協働事業の担当を躊躇する職員もいる。

 協働する市民は、事業が職員や行政、地域社会にとってどのような意義を持っているのか、職員に十分に説明する必要がある。

 このように、協働は互いの理解から始まる。そして、市民と行政の信頼関係が構築、強化されていく中で、協働事業の成果が得られる。人口減少社会における市民参画の重要性

 日本は人口増加から人口減少に移行したことは周知の事実である。すでに、人口減少に直面している自治体は多い。

 地域社会にとって人口減少とは、消費などの需要が減ると同時に、地域社会を運営する財源や担い手の減少も意味する。

 人口減少の原因であると同時に現象である高齢化により、行政需要が増加傾向にあるが、税収減により行政に多くを求めることは難しい。自分たちでできることは自分たちで行い、町内会・自治会でできることは地域で行うことが、今まで以上に求められる。すなわち、地域社会への一人ひとりの参画が必要になる。

 だからといって義務化すべきではない。参画しようと思う人をいかに増やすか大きな課題だ。これは、行政だけにこの課題を任せるのではなく、意識のある市民も対応することが望まれる。

 行政に求められることは、活動場所の提供や関連セミナーやワークショップの開催費用の提供のほか、市民に任せる姿勢だ。市民も行政から任されると、地域社会に対する責任をより認識し、一人よがりの考えに固執するのではなく、公共性をより考えるようになる。任された市民は、受益者の市民に対して、市民対市民という対等な関係で接する。したがって、サービスを求める一般市民も、同じ市民に指図されるのは嫌だというような気持ちやお客様意識を改め、サービスを提供する市民の話をよく聞くことが求められる。

 この延長線上で考えると、一般市民の「市民性」を啓発するのは、行政職員よりも、意識の高い市民の方が向いているといえる。

 また、行政よりも、地域活動の情報に詳しく、活動に対するアドバイスも適格にできる市民活動団体は各地にすでに存在する。このような団体が、市民主体の地域活動を支援することが望ましい。そのために、行政は十分な対価も用意すべきである。

 

参考文献

1) 岸 裕司『「地域暮らし」宣言―学校はコミュニティ・アート!』太郎次郎社エディタス、2003

2) 平 修久 「自治体職員の協働意識に関する一考察」『聖学院大学論叢』25巻1号、2012、43~64頁

3) The City Repair Project, “The City Repair Project’s Placemaking Guidebook,” 2006

 


◆プロフィール◆

平 修久(たいら・のぶひさ)          (1955年生)

 東京都生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、米国コーネル大学大学院Ph.D(都市及び地域計画学)取得。
 富士総合研究所(現、みずほ総合研究所)勤務を経て、2000年より聖学院大学政治経済学部教授。2015年10月より副学長。地域活動の活性化のため、学校法人聖学院が中心となって設立したNPO 法人コミュニティ活動支援センターの理事長を兼務(2007-2014)。専門分野:都市問題。
 著書:『地域に求められる人口減少対策』(2005)、『おもしろそうから始まるまちづくり』(2006)、『もうひとつのスマートグロース』(2009)他

(『CANDANA』266号より)

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