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「明日への提言」

若者の貧困を解決するために

稲葉 剛(立教大学大学院特任准教授)

  私は1994年から、新宿を中心に路上生活者の支援活動を始め、2001年に湯浅誠と一緒に「自立生活サポートセンター・もやい」を立ち上げて、ホームレスの人たちがアパートに入るときの連帯保証人の提供や幅広い生活困窮者への相談・支援活動を行ってきました。2014年には一般社団法人「つくろい東京ファンド」という団体を新たに立ち上げ、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業を展開しています。

 そうした生活困窮者支援の現場から見えてきた若者の貧困の現状について報告させていただきます。

● 「新宿ダンボール村」から「ネットカフェ難民」「派遣切り問題」へ

 私が生活困窮者の支援をするきっかけになったのは、1994年、私が大学院生のときに、新宿でホームレスの人たちの強制排除があったのを知ったのが最初でした。当時はバブル経済が崩壊して、日雇いの建築土木現場で働いていた労働者、主に50代、60代の単身の男性労働者がまず仕事がなくなって、新宿や上野など都内の駅周辺で路上生活をするようになります。新宿では特に、多いときでは300人ぐらいの方が西口周辺に集まって、「新宿ダンボール村」と呼ばれるコミュニティーを形成しました。当時、ホームレスの人のお話を聞くとほとんどが地方から高度経済成長のころに東京に出稼ぎに来て、各地の現場を転々と働いていた日雇いの労働者でした。

 その後、私たちの NPOに、最初にネットカフェで暮らしている若者からメールで相談が来たのが2003年の秋のことでした。これは非常にショッキングな出来事でした。それまでは、路上生活者、ホームレス状態にある人というのは、いわゆる日雇いの「おじさんたち」というイメージでした。中にはホワイトカラー出身の方もいましたが、ホワイトカラーでリストラされて、一気にホームレスになるのではなくて、いったんは建築土木現場で働いて、そこの仕事がなくなった後に、路上生活になるという方が一般的でした。

 その人たちにどうやってアプローチするかというと、アウトリーチ、夜回りといって、路上にいる人たちに直接会いに行くわけです。路上生活者は外から見て、貧困状態にあることが見えやすいので、そこに会いに行って、話を聞いて、支援につなげるという活動が一般的でした。

 ところが2003年に、ネットカフェに暮らしている若者から初めて相談が来ました。そのころはまだ「ネットカフェ難民」という言葉はありませんでした。ネットカフェに暮らしている若者たちの多くは派遣や契約などの非正規で働いていて、ある程度収入はあるのですが、アパートの初期費用が払えない。特に東京でアパートを借りるときは、敷金や礼金、あるいは不動産手数料など、20万円ぐらいのお金が必要になりますが、そうした初期費用を貯めることができないのでネットカフェに暮らしている若者がたくさんいることが徐々にわかってきました。

 その後、2008年にはリーマンショックが起こって、派遣切りの問題が起こりました。2008年秋から製造業を中心に、派遣労働者が大量に首を切られたのです。その中でも、真っ先に生活に困窮してホームレス状態になったのは、派遣会社が用意している寮に暮らしている労働者でした。派遣会社は一時期、2000年代の最初のころ、北海道、東北、九州などの地方で、人を集めるために大規模な広報に打って出ていました。うちの会社に来れば仕事もあるし、住むところもありますよ、会社が用意したアパートやマンションに暮らせるようにしますよということで、大量に人を集めていたのです。

 ところが、こうした派遣会社が用意していたマンションやアパートは、一般の社宅と違い、ほとんど民間の物件、その地域の平均相場の家賃と変わらないことが多かったのです。しかも会社によっては、「アパートに入れば、全部、家電製品がそろっているので、身一つで働きに来てください」といって人を集めていましたが、実際に行ってみると、部屋にもともとある炊飯器、冷蔵庫などは全部、リース代が取られるということになっていて、あまり手元にお金が残らないような仕組みになっていたところもありました。

 そうした状況がもともとあったところに、金融危機が発生し、派遣切りが起こったため、たくさんの人が仕事と同時に住まいを失いました。その一部の人たちが、特に年末年始、一番寒い時期にホームレス状態になって路頭に迷って、場合によっては凍死しかねないということで、日比谷公園で「年越し派遣村」という取り組みが行われました。派遣村には全国から約500人の失業者が集まりました。

●ワーキングプアとハウジングプア

 このように、1990年代の路上生活者問題に始まり、「ネットカフェ難民」問題や「派遣切り問題」など、生活に困窮して、安定した住まいを失う状況が世代を越えて広がってきました。その状況を私は「ワーキングプアであるためにハウジングプアになってしまう」という表現で説明をしています。

 今の非正規の仕事の中には、収入があったりなかったりするというタイプの仕事があります。登録型派遣が一時期非常に広がった時期がありますが、そういう仕事に就いてしまうと、一応形式上は雇われていますが、仕事があるかどうかというのは前の日の晩に会社から電話が来るかどうかによって決まってしまうわけです。ある月は20日間働けて収入も十数万円あって何とか家賃が払えたとします。けれども次の月になってしまうと、もう月5万円しか収入がなかったということが起こり得るわけです。こういう不安定な仕事の状況になってしまうと、当然家賃も払えなくなってしまいますので、住まいの維持も難しくなってしまいます。最終的にはアパートを追い出されてしまいますが、追い出されてしまったら住民票がなくなり、履歴書に書く住所がなくなってしまうので、就職活動で不利な立場に追いやられてしまうことになります。

 このように、仕事の不安定化と住まいの不安定化が連動し、負のスパイラルに陥ってしまうのです。

● 「若者の住宅問題」調査から見えてくる貧困の実態

 若者の間に「住まいの貧困」がどの程度広がっているのか調べるために、2014年、NPO法人「ビッグイシュー基金」が中心となって、「若者の住宅問題」というインターネット調査を行いました。これは首都圏、関西圏に暮らす20代、30代の未婚で年収200万未満の20代、30代の若者(学生を除く)1,767名にアンケート調査を行ったもので、男女はほぼ半数になっています。

 まず、年収200万円未満の若者がどれくらいの割合でいるかということをお話ししますと、国の調査では首都圏、関西圏に暮らす、未婚で有業者のうち3割が年収200万円未満という状況になっていて、決して少ないパーセンテージではないことがわかります。この人たちに、「今どこに住んでいますか」「どういう住宅状況にありますか」ということを聞いたところ、実に77.4%の人が親と同居していると回答しました。「親と同居しているなら、問題ないのではないか」と思う方もいるかもしれませんが、一般的にどれくらいの若者が親と同居しているかというと、国勢調査では61.9%という数が出ており、今回の調査の方がかなり高くなっています。その背景にはやはり収入が低い、そのために経済的な理由で親元から出られないという状況があることがうかがわれます。

 この人たちがいつまで親元に居続けられるのかは、誰もわかりません。今は親元にいるので、ご本人も問題だと思っていないかもしれませんが、10年後、20年後となれば、親の介護が必要になったり、親が亡くなったり、あるいは住んでいる家も老朽化して修繕が必要になるといった事態が考えられます。そのときに、場合によっては親子共倒れという状況も起こりかねない。その意味で、この問題は、ある意味、「社会に埋め込まれた時限爆弾」なのではないかと私は感じています。

 他方で、親と別居している人の状況も深刻です。全体の約4分の3が親と同居しているわけですが、残りの4分の1は親と別居しています。この人たちの状況について、私が一番びっくりしたのは「ホームレス経験の有無」という項目です。「定まった住居がないという経験をしたことがありますか」という質問項目なのですが、これは路上生活に限らずネットカフェ、友達の家を転々としているなど、安定した住まいを喪失した経験があるかどうかを質問しています。この質問に対して、「経験あり」と答えた人は全体では6.6%です。親と同居している人では、ちょっと減って4.6%になります。では親と別居している人たち、4分の1の人たちについて聞いてみると、実に13.5%の人たちが「経験あり」と答えています。13.5%というのは、大体7人から8人に1人という割合なので、かなり高い割合だと思います。

 特に東京や大阪といった大都市圏では家賃も高い、初期費用も高いという状況の中で、自分で住まいを確保するのが困難です。ともすれば、自分でマンションやアパートを借りることが、ホームレス化するリスクを抱え込んでしまうということを意味するぐらいの状況になってしまっているわけです。

 この「若者の住宅問題」の調査では、結婚の意向についても聞いています。その結果、結婚について消極的あるいは悲観的だという方が全体の7割を超えています。「結婚したいと思わない」、「将来できるかわからない」「できないと思う」という人たちが全体の7割に達していて、「結婚できると思う」が6.6%、「結婚の予定がある」という人は2.5%で、結婚に前向きな人は合わせても1割にしか満たない、という結果が出ています。

 もちろん私は、人の人生というのは自由であるべきだと思いますし、結婚することだけが人生ではないと思っています。ただ、この状況というのは今の若者たちにとって、先が見通せない。結婚どころか自分の住まいを確保することすら困難であるという状況の中で、将来を見通せない状況になってきているのだろうと思います。

●若者自身による社会運動

 こうした若者の貧困を解決するためには、まず住宅政策を転換する必要があります。住宅費の負担を軽減する政策はいろいろあります。空き家の活用であったり、欧米で行われていたりするような家賃補助を導入するということも考えられます。そうしたさまざまな政策を行って、住宅費の負担を減らしていくことが重要だと考えます。

 昨年、若者が中心となって、住宅費の負担軽減を求めるデモが新宿で行われました。住まいの問題に限らず、奨学金の問題、ブラック企業の問題、最低賃金の問題など、今、若者たち自身が自分たちで声を上げていこうという動きが徐々に出てきています。そうした若者たちの動きを応援していくことが、問題解決への第一歩となると考えています。


◆プロフィール◆

稲葉 剛(いなば つよし)        (1969年生)

 広島県広島市生まれ。東京大学教養学部教養学科卒業。1994年より東京・新宿を中心に路上生活者支援活動に取り組む。2001年「自立生活サポートセンター・もやい」を設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動に取り組む。

 現在、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授、一般社団法人「つくろい東京ファンド」代表理事、「住まいの貧困に取り組むネットワーク」世話人、「生活保護諸問題対策全国会議」幹事、一般社団法人「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」理事、一般社団法人「自由と生存の家」理事。

 『貧困の現場から社会を変える』『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために-野宿の人びととともに歩んだ20年』『生活保護から考える』『ハウジングプア-「住まいの貧困」と向きあう』などの著書、共著に『ここまで進んだ!格差と貧困』『わたしたちに必要な33のセーフティーネットのつくりかた』『貧困のリアル』などがある。

(『CANDANA』269号より)

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