はじめに 親の離婚の語りづらさ
学部生対象の授業が終わって教室から立ち去ろうとした時、友人と会話する男子学生の放った一言が耳に入った。「親が離婚してもさ、養育費とかもらえるし」という何気ない、あるいは悪気もないその言葉には、親の離婚あるいは再婚を経験した子どもにもたらされる理不尽な事実を、実は多くの人が知らないという現実が凝縮されているように思えた。子どもにとって親の離婚は語りづらい出来事なのだ。
不幸な結婚生活を耐えることが、夫婦あるいは親子にとって望ましいものでなければ、離婚は問題解決の方法の一つとなる。親の離婚を歓迎する子どもにとって、親の離婚は、夫婦の不和や家庭内暴力、子どもへの虐待、あるいは借金や飲酒問題など、不安定で機能不全に陥っている日常生活から解放される。同居した親の頑張りによって、適切な環境が整えられれば、子どもの発達の力は回復し、新しい生活にも適応できる。だが、転居や転校などの生活環境の大きな変化や経済的な生活苦に遭遇する際は、親の離婚が子どもにとって耐えがたいストレス要因ともなる。
スクールカウンセラーの活動を始めた17年前頃より、筆者は親の離婚を経験した子どもの育ちに関心を寄せてきた。これまでの調査・研究の一端を踏まえつつ、当事者そして支援者との対話を通し、親の離婚を経験した子どもの育ちについて述べるとともに、離婚・再婚家族をめぐる、家族のかたちについてもふれてみたい。
1.離婚・再婚をめぐる子どもの養育課題
(1)婚姻と離婚をめぐる概況
2015(平成27)年の婚姻件数は63万5156組であり、初婚-再婚別にみると、2015(平成27)年は「夫妻とも初婚」は46万4975組(全婚姻件数の73.2%)で、「夫妻とも再婚又はどちらか一方が再婚」は17万181組(同26.8%)となった。また、2015(平成27)年の離婚件数は22万6215組で、前年より4108組増加した。2015(平成27)年の離婚件数22万6215組のうち、未成年の子がいる離婚は13万2166組(全体の58.4%)で、親が離婚した未成年の子の数は22万9030人であった。また、親権を行う者別に離婚件数の年次推移をみると、2015(平成27)年は「妻が全児の親権を行う」は11万1428組(未成年の子のいる離婚件数に占める割合は84.3%)であった[1]。
単独親権制度が採用されている日本では、親権を父母のどちらかがとるかで、ひとり親家庭の形態が決定する。ひとり親世帯の貧困率は54.6%となっており、その大半は母子世帯である。母子世帯の母親の8割は就労しているが、子育てと仕事を両立させようとすると、時間的な制限などから、パートやアルバイトを選ばざるを得ないため収入が安定しない[2]。すなわち、子どもにとって親の離婚は貧困問題に直面しやすい。
(2)親の離婚を経験した子どもの養育課題
子どもと暮らさない親には、養育費問題や面会交流の問題が発生するのだが、日本において約9割を占める協議離婚[3]では、養育費と面会交流の取り決めに関する法的義務は課せられない。男子大学生の発言を冒頭にて紹介したが、養育費の履行についても、支払い義務者が勧告に応じなくても、支払いを強制することはできない。つまり、養育費の未払い・不払いに対する罰則規定はない。
離婚後、特に母子家庭となった生活環境では、司法の関与しない離婚手続の弊害が子どもの養育問題として顕現している。その一方で、別居親あるいは非監護親となる父親(多くの場合)の養育責任は放置されたままとなり、子どもの精神的・身体的な発達にかかわる重要な要素である養育費の支払いや面会交流のあり方に関する制度的施策の具体的な進展は見られない。夫婦の別れは、子どもにとって別居親との別れになってしまうのだ。
(3)親の離婚を経験した子どもの利益は担保されるのか
2011(平成23)年に民法第766条が改正され、父母の協議離婚時において、養育費と面会交流といった、子の監護について必要な事項を定めるにあたっては、「子の利益を最も優先して考慮しなければならない」という一文が明記された。また、上記の改正を受けて、離婚届出書における養育費及び面会交流の合意の有無のチェック欄の新設がされたが、法的な強制力はなく、子どもの権利が担保されるための充分な効果を持つとは言えない。
親の離婚を経験した子どもの利益の担保について、養育費を例にあげみたい。平成23(2011)年度の「全国母子世帯等調査結果報告」(厚生労働省)によると、離婚時に養育費の取り決めをした母子世帯は37.7%で、現在も養育費を受けている母子世帯は19.7%となり、母子世帯の養育費は子ども1人あたり43,483円であった。また、養育費を受けたことがあるのは15.8%であり、養育費を受けたことがない世帯が全体の6割を占める結果となった。部活動や習い事など、子どもの多様な経験を経済的な側面から支えるのが養育費の役割であろうが、養育費や面会交流の取り決めをせずとも、紙1枚で離婚が認められるという、現行の離婚手続の仕組みが子どもの経済的な問題として出現している。親の離婚を経験した子どもの利益が担保されているとは言い難い。
3.再婚家族をめぐる神話
結婚するカップルの4組に1組は再婚であり、同居親が再婚する子どもにとって、新しい親との関係も悩ましい。再婚家族の抱える葛藤や悩みにはどのようなものがあるのだろうか。再婚家族への間違った思い込みについて、SAJ:Stepfamily Associate JapanのHP[4]より、その一部を紹介したい。
①「一緒に暮らせば家族になれる」
②「子どもがみな両親の実子である家族(初婚家庭)と、同じような親子関係・家族関係をめざすべきだ」
③パートナーを愛していれば、その子どももすぐに愛することができる。子どもの方も、新しい親をすぐに親として受け入れることができる。
④継母は意地悪
⑤親の離婚・再婚を経験した子どもは、問題を抱えている。
⑥離れて暮らすもうひとりの実親に会わせない方が、子どものためによい。
⑦死別の再婚の方が、離婚後の再婚より楽だ。
小田切(2017)は、家族メンバー全員が、配偶者や親、あるいは転居・転校などの喪失体験を経験しており、喪失や変化によって生じる不安、ストレスを抱えていると指摘している。親の再婚によって子どもは、継母(継父)を受け入れることは、実母(実父)を裏切ること、存在を否定するように感じて罪の意識がおき、忠誠心をめぐる葛藤が生じやすい。
4.家族のかたちは変わるのか
(1)近代家族の歴史と「標準型家族」
高木(1999)は江戸時代の結婚について、女性の労働力としての高い評価から、離婚と再婚が頻繁に行われていたと推測している。夫から妻に離縁状(三くだり半)を渡すことで成立するという制度は、夫から妻への再婚許可証という意味内容も含んでおり、必ずしも男性が女性に対して一方的な権力をもっていたわけではないという。明治以降は結婚が制度化され、離婚・再婚は抑制され、家父長的な家族形態が制度化されるとともに、離婚や再婚を忌避する社会規範が作られた。むろん、その浸透度には地域差・階層差があったものの、政府主導で作られた「日本型近代家族」の生成とも言えよう。
第二次世界大戦後、民法によって家長の権限は法的根拠を失い、両性の平等に基づく婚姻関係にある父母が、共同で親権を行使するようになった。高度経済成長期において、第二次・第三次産業の成長とともに、農村から大都市郊外へ人口の移動による都市化とともに、核家族世帯が増大した。
この時期における家族のかたちを野沢(2009)は、「性別役割分業を前提として初婚の夫婦が少数の子どもを産み育てることを主要な目標とする家族モデル」とする「標準型家族」と述べている。結婚と出産が幸福を体現する人生の一大イベントであるならば、対極ともいえる未婚と離婚は不幸とみなされるだろう。また、「標準型」から外れる家族は「問題家族」とされ、標準型への同調圧力が強かった。守られるべきは婚姻関係にある夫婦の子どもであり、婚姻が破綻したら、一方の親とのつながりの喪失が容認されるという、暗黙の家族のかたちがあったとも言えるだろう。
(2)離婚・再婚後における新しい家族のかたち
離婚しても、子どもの養育に父母の協力が必要であることは認識されるようになった。夫婦が離婚した後も子どもにとってどちらも親であることには変わりはないのだが、離婚後のパートナーは、もはや家族ではないという考え方は根強いのではないだろうか。アーロンズ(2004)は、「離婚によって家族の形態は一つの家庭から二つの家庭になったり、核家族が二核の核家族になったりすることはあっても、家族の中の大切な関係に対する子どもたちの思いがかわるとは限らない」と述べている。離婚や再婚をしても、子どものより良い成長や発達を保障していくために、親の責務を果たすという、父母の考え方は重要である。野沢・菊池(2014)は、再婚家族(ステップファミリー)調査からの示唆として、「親子関係や祖父母孫関係などの喪失をできるだけ回避し、子どもの家族は複数世帯にまたがるネットワークとなることが重要である」と指摘しているが、複数の世帯にまたがる家族関係は認めないという従来の規範ではなく、子どもが結節点となるあたらしい家族のかたちが模索されている。
むすびにかえて
離婚をしても、子どもの養育には父母の責任が伴う原則に関して、欧米だけではなく、もはやアジア諸国と比しても、ガラパゴス化している日本の現実をどれだけの人が知っているのだろうか。子どもの意思や利益の尊重という意識が日本人に薄いのは、相互扶助的な日本型福祉社会を維持するために、「イエ制度」にしがみついている政府の文化なのか、それとも、仲の良い親子がそろって生活しているのが家族なのだという、日本人の抱える家族ファンタジーなのか。家族のかたちは確実に変化している。子どもの意思や子どもの利益が尊重されるための制度・政策が展開される時期に、わが国は直面している。
[1] 「平成29年わが国の人口動態統計」厚生労働省.
[2] 「平成23年度全国母子世帯等調査」(厚生労働省雇用均等・児童家庭局家庭福祉課)。なお、母子世帯の平均年間就労収入(母自身の就労収入)は181万円、平均年間収入(母自身の収入)は223万円であった。
[3] 平成21年度「離婚に関する統計の概況」人口動態統計特殊報告、厚生労働省.
[4] saj-stepfamily.org SAJとは子連れ再婚家族のための支援団体である。
参考文献
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アーロンズ,C. (2004) We’re Still Family. 天冨俊雄他(訳)(2006)離婚は家族を壊すか.バベル・プレス.
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野沢慎司(2009)家族下位文化と家族変動.牟田和恵編,家族を超える社会学.新曜社.
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野沢慎司・菊地真理(2014)若年成人家族が語る継親子関係の多様性-ステップファミリーにおける継親の役割と継子の適応-.明治学院大学社会科学部付属研究所研究所年報,44,69-87.
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小田切紀子(2017)再婚家庭と子ども.小田切紀子・野口康彦・青木聡編,家族の心理.金剛出版.
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高木侃(1999)三くだり半-江戸の離婚と女たち .平凡社.
◆プロフィール◆
野口 康彦(のぐち やすひこ) (1965年生)
法政大学大学院人間社会研究科人間福祉専攻(臨床心理学)博士後期課程修了。博士(学術)。茨城大学人文社会科学部人間文化学科教授。専攻は臨床心理学(特に親の離婚を経験した子どもの発達)。臨床心理士、精神保健福祉士、社会福祉士の資格を持つ。一般病院における医療ソーシャルワーカーを経て、精神科クリニック、3つの小中学校の学生相談員として勤務し、臨床の経験を積んできた。また、公立の小中学校のスクールカウンセラーとしての活動は17年目を迎えた。著書に『親の離婚を経験した子どもの精神発達に関する研究-学生と成人を対象にして』(風間書房)、共著に『子どもの心と臨床発達-現代を生きる子どもの理解と支援のために』(学陽書房)、編著に『家族の心理-変わる家族の新しいかたち』(金剛出版)がある。
(『CANDANA』272号より)