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「明日への提言」

『祈りと瞑想のちから ~平行軸・斜め軸・垂直軸へ』前編

飛騨千光寺長老 大下大圓(沖縄大学客員教授/和歌山県立医科大学連携教授)

【瞑想への関心】

 近年、日本国内では瞑想の実践として「マインドフルネス(Mindfulness)が流行している。

 現在医療や精神医学の分野では「マインドフルネスストレス低減法:MBSR(Mindfulness-…Based Stress Reduction)、マインドフルネス認知療法:MCBT(Mindfulness-Based CognitiveTherapy)、アクセプタンス・コミットメントセラピー:ACT(Acceptance and Commitment Therapy)などが活用されている。

 現代のストレスリダクションやSOC(Sense of Coherence 首尾一貫感覚)など人間性を回復させるためのプログラムとして、瞑想の活用が注目を浴びている。瞑想が、人のストレスを軽減し、心身の機能を高め、精神安定や健康増進に有効であるということは、これまで多くの研究から明らかにされている。瞑想によって、抗炎症作用、免疫機能の活性化、鎮痛作用、喘息症状の緩和、うつ症状の緩和、認知症状の改善、心的外傷後ストレス障害の改善など、心身の改善ではがんの成長に関係するテロメラーゼ活性を有意に低下させた客観性の高い評価があり、健康長寿につながる可能性さえ示唆されている

 マスメディアでは、NHKテレビ番組(NHKスペシャル=キラーストレス)で、マインドフルネス瞑想が紹介され、マインドフルネスが「宗教性のない瞑想」として注目を浴びてきた

 マインドフルネス(Mindfulness)とは、初期仏教の「念」を意味するインド古代語のパーリ語(Sati)が、アメリカで翻訳されたものである。1981年に「注意に基づくストレス低減(Mindfulness Based Stress Reduction :MBSR)プログラム」が米国マサチューセッツ医学センターでジョン・カバットジン(Kabat-Zinn,1992)によって開発されてから、多くの治療的臨床研究がなされて成果をあげている。

 カバット・ジンのバックグラウンドは、分子生物学博士で、体験的に仏教瞑想(禅)やヨーガから示唆を受けつつも、その宗教性を除外して、州立大学に「マインドフルネス・ストレス低減クリニック」(1979)を開設し、医療・ヘルスケア・社会のために「マインドフルネス・センター」(1995)を設立した。

 博士はそこで、マインドフルネス瞑想の実践を中核とする介入プログラム「ストレスリダクションとリラックスプログラム(Stress Reduction and Relaxation Program)」のちの「Mindfulness Based Stress Reduction:MBSR」の開発とその効果研究に取り組んだ。当初は慢性疼痛の患者に適応されたが、以後は乾せん、乳がん、前立腺がん患者、骨髄移植経験者、刑務所収容者とそのスタッフ、多文化環境、職場環境などで適用され効果をあげてきている

(ジョン・カバットジン「マインドフルネスを医療現場に活かすキーパーソン:Canccer Board,S」、医学書院、89.vol.4,no1,2018.)

【マインドフルネス瞑想とは】

 マインドフルネスは一般には「気づき」などと解釈されているが、日本マインドフルネス学会では「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」と定義している。(http://mindfulness.jp.net/concept.html)

 本来の「念」の意味は、過去と現在の貪欲や憂いの想念のことである。仏教では偏りを離れた中道の視座で、ありのままに自己の想念を注視し続ける瞑想を重視する。この洞察瞑想は、仏教ではサマタ・ヴィバッサナー(Samatha-Vipassanā)の瞑想を基に「四諦八正道」の実践的修行として重視されてきた。

 マインドフルネス瞑想には、この仏教的洞察瞑想は取り入れられていない。原始経典『入出息念経』(ānāpānasati-Sutta)には、出入りの呼吸に注意を凝らして行う、修習法としての「身体、感受、観心、観法すること」とあり、とくに最後の「法(ダルマ)を観る」というのが初期仏教瞑想の要である。その仏教やヨーガを源流としながらも、マインドフルネス瞑想は「身体、感受、観心」はあるが、「観法」という悟りへ向かう領域が含まれていないので、「宗教性が無い」と主張でき、公共空間での実践を容易にしている

 マインドフルネスの生理学的知見は、呼吸のコントロールで、交感神経系の働きを調整し、血管への効果的な作用で脳の活動、筋の緊張や影響を抑えるのに有効なはたらきをして、その結果、動脈壁は、より伸びやかで弾性になる。また血流は、より少ない末梢抵抗に遭遇しつつもスムーズに器官、組織などに運ばれ、そのような血液が体内システムを循環して、人の健康は向上するという報告がある

 またマインドフルネス・ベースド・セラピー(MBT:Mindfulness-based therapy)が、うつ病、不安、慢性疼痛などのさまざまな身体的および心理的障害を効果的に治療するために活用され、線維筋痛症、慢性疲労症候群、過敏性腸症候群などの身体化障害の治療においてもMBTの可能性が探究されている

飛騨千光寺アジサイ門

【瞑想の祈りの医学的知見】

 瞑想とテロメラーゼ活性と肯定的な心理的変化とを結びつける最初の研究もある。今後は十分な臨床的データが、必要であると考えられるが、瞑想と医学的研究は毎年報告されている

 瞑想を行うことによって、神経伝達物質のオキシトシン(oxytocin)の分泌されることは知られているが、有田によれば、慈悲の瞑想などで、オキシトシンを分泌し、セロトニン(serotonin)神経が活性化し、セロトニンが分泌されるということ。また、セロトニン神経が活性化されると脳の状態が安定し、心の平安、平常心をつくり出し、自律神経に働きかけて痛みを和らげる効果があることが解明されてきた。さらに深い呼吸法や瞑想の繰り返しによって、

 ①人への親近感、信頼感が増す

 ②ストレスが消えて幸福感を得られる

 ③血圧の上昇を抑える

 ④心臓の機能をよくする

 ⑤長寿になる

という報告がある

【瞑想と祈り】

 瞑想と祈りは重なる部分が多いのであるが、特に祈りは瞑想の利他的側面と関連する。「祈りの科学的根拠(エビデンス)」が証明されつつある。特に心身健全や健康生成を目ざす医療面では顕著である。

 祈りとは人間本性に根付いた自然な思念であり行為である。特別な信仰がなくても「祈り」はできる。祈りは自分の為に祈ることと、だれか重要な他者(伴侶、家族、友人など)の為に祈ることの二つがある。実は最近は、祈りの医科学的研究が進んでいる。

 「転移性乳癌の女性における精神的な発現と免疫状態」という研究によると、Stage4の転移性乳がん患者112名を対象に、祈りやスピリチュアルなものが大切だと思い、実際に教会の集会に参加した人の機能がどのように変化したかを測定した結果、白血球数、リンパ球の絶対数、ヘルパーT 細胞などが優位性を示した。特徴的なことは、単に集会に参加するということではなく、祈りやスピリチュアルなものが大切と思って参加し、実際に行動することで有意な結果がでている。祈りが重要であるという認識をもって、祈ることが大事であることを示している


【表1】( Sephton SE, Koopman C, Schaal
M, Thoresen C, Spiegel D. 2001)

 別の祈りの研究では、オーストラリアのロイヤルアデレード病院がんセンターの2003年6月から2008年5月の間にがん患者であった999人を対象にした調査である。この祈りの研究は、キリスト教の祈りを提供する外部グループに、通常の祈りのリストに追加し、遠隔的他者への祈りをするよう依頼したものである。

 介入群509人とコントロール群490人に分類され、介入群には祈られていることを明示しないで調査が行われた。結果は、介入群は、コントロール群と比較してスピリチュアルな幸福が時間の経過とともに有意に大きな改善を示した(P=03、部分η2=.01)。感情的な幸福(P =04、部分η2= .01)および機能的幸福(P =06、部分η2= .01)に対して同様の優位性が報告されている。研究チームが遠隔的他者への祈りを受けるために実験グループに無作為に割り当てたがんの参加者は、精神的な幸福の小さいながらもQOL が有意な改善を示したと報告されている10

 科学的調査データに基づいた心と自然治癒力の関係について研究したアメリカの医師、ラリー・ドッシーは祈りの効果について論じている。それによれば、次の三点である11

 ⑴祈りには効果がある

 ⑵希望には治癒効果がある

 ⑶絶望によって人の命は失われる

 これをもう少し具体的に説明すると、

 ⑴ の祈りの効果については、130件以上の適切な管理下による科学的実験によって、祈りや祈りに似た思いやり、共感、愛などは一般に人間から細菌に至るさまざまな生物に健康上プラスの変化をもたらすと統計学的な見解を説明している。

 ⑵ の希望に治癒効果があるとする研究では、心臓手術の患者223人を対象に「宗教的な感情や行為」が果たす役割の調査で、「希望を得る人」はそうでない人よりも術後の生存率が高くなっていることを明らかにしている。

 ⑶ の絶望と人の命の相関性は、人間を対象とした多くの研究から、人は不吉なことを信じたり、むなしさに圧倒されると死に至ることがあるという興味深い発表をしている。

 これらの研究があっても、遠隔も含めて、他者のために祈るということに効果があるかどうかの議論は分かれる。一方で「祈りの遠隔効果をメタ解析した研究」もある。

【祈りの遠隔効果】

 アスティン(Astin,2000)らは、「遠隔治癒の有効性:無作為化試験の系統的レビュー」として、RCT(Randomized Controlled Trial)デザイン研究23編をメタ解析している。RCTとは、評価のバイアス(偏り)を避け、客観的に治療効果を評価することを目的とした研究試験の方法である12

 またメタ解析(meta-analysis)とは、複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析すること、またはそのための手法や統計解析のことで、もっともエビデンス(根拠)において質の高いものであるとされている。

 その研究では774人の患者を含む合計23の試験が基準を満たし、分析された。試験のうち、5は遠くの治癒介入として祈りを調べ、11は非接触治療タッチを評価し、7は他の形態の遠隔治癒を調べた結果がでた。23の試験研究のうち、13(57%)が統計的に有意な治療効果が得られた。有効性が評価されたのは、57%であったということである13

 祈りの効果を科学的に解明することには、まだまだ限界があると思える。しかし、確実にプラシーボだといわれた「愛他的祈り」が、医科学研究に堂々と載る時代が到来したことを意味する。

 もしも病気になった時に、一所懸命治療に専念してくれる医師やスタッフが「あなたの快復を祈りますよ、一緒に祈りましょう」といってくれたら、とてもうれしいことである。

 アメリカで長く統合医療を研究実践してきた医師高橋徳(2014)は、慈悲の心や他者への愛の祈りによって、オキシトシンが発生し、自身も安らいだ気持ちにあることを説明している。特に「LKM(Laving Kindness Maditation)=慈愛の瞑想」による心身への効果があるとして「慢性腰痛、心理的苦痛、怒りの感情の緩和」に有意性があるとして能動的に他人を思いやることを推奨している14

 高橋はオキシトシンの分泌によってストレス抑制効果があるだけなく、臨床的には「誕生と授乳、自閉症、統合失調症、PTSD(外傷性ストレス症候群)、うつ、線維筋痛症、傷の治療、心臓血管機能の改善」などに有効性があることを報告している。またオキシトシンが関与する治療法には、「マッサージ、温感、身体接触」などの体制感覚の刺激によっても放出されるとして、ほかに「音楽療法、アロマテラピー」などの代替療法も有効であると報告している15

 古代から人々は、人生の艱難辛苦(苦しいとき、悲しいとき、辛いとき)や嬉しいときに、または家族の病気や幸せを、心身一如の行動化で祈りを続けてきた文化と伝統をもっている。

 慈悲の心をもって祈ることは、それだけで素晴らしい調和ある人間力を発揮することであり、スピリチュアルケアそのものといえる。

 この研究で採用された瞑想は筆者が京都大学医学研究科においてまとめた4つのメソッド「①「ゆるめる瞑想」心身の緩和と集中~呼吸の調整、②「みつめる瞑想」自心の観察と洞察~客観的視座、③「たかめる瞑想」心身の健康生成~意図的な向上性、④「ゆだねる瞑想」心身の次元上昇~統合や融合意識」である。認知症には、①ゆるめる瞑想が有用で、音楽療法などを併用すると③たかめる瞑想も有用である16

【祈りは2方向へ】

 スピリチュアリティの次元をストール(Stoll,1989)は「垂直的次元には神、超越者、志向価値とのつながりをいい、水平的次元は自分自身の信念や価値観、ライフスタイル、生活の質、または自己、他者、あるいは自然との相互作用による神との関係という至高なる体験の反映および具現である」としている17

 民俗学者の柳田國男(1978)は、沖縄方面では水平他界観を「ニライカナイ」で、垂直他界観を「オボツカグラ」とし、死後の世界においてニライカナイは肉体を離れた霊的世界であり、神の住処を表す意味と、天上という次元の高い方向性を示す他界がオボツカグラと説明している。

 心理学者・三沢直子は、20年間の心理学の探求から「意識的自我」「無意識的自我」「霊的自我」の3層の世界を説明している。「意識的自我は社会的自我で、無意識的自我は、感情的自我、霊的自我は魂の願いを生きる自我」と表現する。具体的な内容としては、

  第3層の 〈意識的自我〉とは、自分でわかっていて、人にも見せている社会的な部分

  第2層の 〈無意識的自我〉とは、感情や観念を抑圧・否認して気づかずにいる部分

  第1層の 〈霊的自我〉は、転生を繰り返しながら魂の向上進化を図り、今生でも魂の願いをもって生まれてきた中核部分。古今東西や宇宙などすべてのものとつながっている18

 ということである。

 筆者がこれまで説明した自縁、他縁は第3層と第2層に相当し、法縁は第1層になる。損得勘定で判断する意識が第3層であるとするならば、善悪で判断するのが第2層、魂の声に従う自利利他の心が第1層になる。

文献

     

  1. 大下大圓『臨床瞑想法』日本看護協会出版会、2-3,2016
  2.  

  3. NHK:http://www.nhk.or.jp/special/stress/02.html(参照日:令和2年3月15日)
  4.  

  5. ジョン・カバットジン『マインドフルネスを医療現場に活かすキーパーソン』Canccer Board,S,医学書院、89.vol.4,no1,2018.
  6.  

  7. 大下大圓「ストレスケアのための臨床瞑想法:マインドフルネスとの比較から」看護教育、第59巻、第3号、201-203,2018
  8.  

  9. Chiesa, A. et al. :Mindfulness-Based stress reduction for stress management in healthy people. 593-600,J Altern Complement Med, 2009; 15(5)
  10.  

  11. ShaheenELakhan; KerryLSchofield: Mindfulness-Based Therapies in the Treatment of Somatization Disorders: A Systematic Review and Meta-Analysis, PLoS One, Vol 8, No 8, 2013
  12.  

  13. Jacobs TL,Epel ES, Lin J, et al., Intensive meditation training,immune cell telomerase activity,and psychological mediators, International Society of Psychoneuroendocrinology,2011;36(5),664-81.
  14.  

  15. 有田秀穂『「脳の疲れ」がとれる生活術』PHP研究所、85-86、2012
  16.  

  17. Sephton SE, Koopman C, Schaal M, Thoresen C,Spiegel D. Spiritual expression and immune status in women with metastatic breast cancer: an exploratory study. Breast J. 2001;7:345-353.
  18.  

  19. Olver, Ian N.,and Andrew Dutney. ’A Randomized, Blinded Study of the Impact of Intercessory Prayer on Spiritual Well-being in Patients with Cancer’ , Alternative Therapies in Health and Medicine, vol. 18/no. 2012; 5, 18-27.
  20.  

  21. ラリー・ドッシー、大塚晃志郎訳『祈る心は、治る力』日本教文社刊、2003
  22.  

  23. 津谷喜一郎、正木朋也『エビデンスに基づく医療(EBM)の系譜と方向性:保健医療評価に果たすコクラン共同計画の役割と未来』日本評価研究、第6巻第1号、3-20、2006
  24.  

  25. Sephton SE, Koopman C, Schaal M, Thoresen C, Spiegel D. Spiritual expression and immune status in women with metastatic breast cancer: an exploratory study. Breast J. 2001;7、345-353.
  26.  

  27. 高橋徳『人は愛することで健康になれる』知道出版 159、2014
  28.  

  29. ⑭前掲167-187、2014
  30.  

  31. 大下大圓『臨床瞑想法』日本看護協会出版会、2016
  32.  

  33. エリザベス、ジョンソン、テイラー:Elizabeth,J,T、江本愛子、江本新訳『スピリチュアルケア―看護のための理論・研究・実践』医学書院 5、2008
  34.  

  35. 三上直子『死の向こう側 我々はどこから来てどこへ行くのか』サラ企画 128,2018

◆プロフィール◆

大下 大圓(おおした だいえん)

 高野山傳燈大阿闍梨。高野山大学文学部仏教学科を卒業後、スリランカ国ビドゥヤランカ仏教学院に修行留学(テーラヴァダー得度コース)。京都大学こころの未来研究センター研修員として臨床での瞑想応用を研究、臨床瞑想法のメソッドを開発し、修了。認定臨床宗教師、認定スピリチュアルケア師、音楽療法士の資格を所持。現在、飛騨千光寺住職、和歌山県立医科大学連携教授、日本臨床宗教師会副会長、NPO法人日本スピリチュアルケアワーカー協会副会長、日本ソマテック心理学協会顧問、日本スピリチュアルケア学会理事など。

  『即身成仏観法入門』(青山社、2021年)『ACP:人生会議でこころのケア』(ビィングネットプレス、2020年)『瞑想力―生き方が変わる4つのメソッド』(日本評論社、2019年)『「いのち」の重み―小児科医と臨床宗教師が語る「心の処方箋」』(佼成出版社、2016年 細谷 亮太氏と共著)など著書多数。

(『CANDANA』293号より)

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