中町泰子(神奈川大学国際日本学部講師)
1 はじめに
ここ10年間ほど、筆者は神奈川県藤沢市に所在する日蓮宗・龍口寺において、毎年9月11から13日にかけて行われる「龍口法難会」を調査してきた。この法難会は、竜の口の刑場へ護送されてきた日蓮上人が、まさに斬首の危機に瀕した瞬間に、江の島の方から光り物が飛来し、太刀が砕ける奇瑞が起こり、執行人が恐れおののいて刑が中止された伝承に因んでいる。
調査を始めた当初は、この法難会で必ず奉納される「胡麻の牡丹餅」が、どのような人々によって作られているのかに関心を持っていた。しかし、毎年足を運んでいるうちに、行事の裏方として奉仕する人々に次第に注目するようになった。行事の進行の裏側では、僧侶のみならず、講という信徒集団や、地域の団体、個人のボランティアの人々らが集まり、事前の準備を始めとして、当日の活動、片付けまで細かに役割を分担して動いていることがわかってきた。法難会の実施には、寺院側だけではなく、重層的に支える人々の輪が関わっているのである。