平塚真弘(東北大学大学院薬学研究科准教授)
明
話は2016年1月25日まで遡ります。私の所に来たメールには、「立正佼成会仙台教会の近藤雅則教会長さん(当時、現文京教会教会長)が善知識研究会のような有識者によるシンクタンクを仙台に創設したいと言っている。相談に乗ってくれない?」と書いてありました。同年2月に東北大学名誉教授・齋藤忠夫先生と小生を含む、学術、社会福祉、教育、政治、会社経営、芸術関係者などの有識者が招集され、「有識者懇話会(仮)」が立ち上がりました。会の目的は、「①宗教心をもたない人々にどう仏教精神を伝えるか。②宗教者としての社会貢献をどう果たしていくか。③宗教の社会的信頼をどう高めるか。不信感をどう払拭するか。」という今日的な課題に対し、「①宗教者同士の相互理解と協力、②地域社会・各団体との連携、③宗教者の本来的使命の自覚、④時代状況に応じた宗教活動の展開」の取り組みを通して、多職種の有識者らが、「従来にない新たな発想で、今日的課題解決のヒントを発信して行く」、というものでした。
2016年5月14日、「有識者懇話会(仮)」は、杜の都・仙台にちなみ「あおばの会」という名称に決定し、6月17日に齋藤忠夫先生(当時は東北大学大学院農学研究科教授)があおばの会代表に就任しました。小生は「副代表」の肩書きを頂き、8月28日に「あおばの会発足記念市民講演会:こころの復興に向けて」を仙台国際センターで開催したのです。講師には、一般社団法人宮城連携復興センター代表理事・紅邑晶子氏を招きました。「あおばの会」は有識者メンバーの人脈を最大限に活用し、その後も、NPO法人八王子つばめ塾理事長・小宮位之氏、宣教師・趙泳相氏、作家・保護司・NPO 法人ロージーベル代表理事・大沼えり子氏、公益社団法人日本駆け込み寺理事・玄秀盛氏、ココロノキンセンアワー代表・茅根利安氏など、様々な分野のプロフェッショナルを講師に迎え、市民講演会・教会講演会を展開してきました。
2019年冬、新型コロナウイルスによるパンデミックが全世界を混乱に陥れます。「緊急事態宣言」、「味覚障害・嗅覚障害」「発熱と肺炎」「PCR 検査」「マスクが買えない!?」「クラスター発生」「テレワーク推進」「ワクチン接種」「自宅療養・ホテル療養」「医療崩壊」「人流抑制」「変異株の出現」「三密回避」などなど、聞き慣れない単語や新たな生活様式を求められ、ドラスティックな社会変革の波が押し寄せました。特に、「あおばの会」が得意としていた有識者ネットワークによる市民講演会は次々に中止を余儀なくされ、「従来にない新たな発想で、今日的課題解決のヒントを発信して行く」という目的が達成されないまま、時間だけが過ぎて行くジレンマに襲われます。
2021年5月のコロナ禍、あおばの会もすでにオンラインのZoom ミーティングを導入していました。その中で、「会場を借りての対面型市民講演会や教会講演会は難しくなってきているし、感染のリスクを伴う。オンライン発信する〈市民大学〉に発展させてはどうだろうか?」というアイディアが上がりました。8月7日第1回仙台あおばの会・市民大学「脱プラスチックで海の豊かさと私たちの健康を守る」としてあおばの会代表・齋藤忠夫東北大学名誉教授によるZoom ミーティングを開催しました。これが、オンライン市民大学開講の瞬間です! 小生が第2回「わかりやすく解説! 新型コロナウイルスとワクチン」として行いました。特に、2回目以降は、セキュリティと個人情報保護の強化、オンライン講義配信のオペレートのしやすさから、Zoom ウェビナー方式に変更し、第3回「暮らしと政治」からは講義をZoomだけでなくYouTube ライブで同時配信することにも成功しました。
以下に全24回の講師と講義タイトルを示します。
第1回 齋藤忠夫(仙台あおばの会代表、東北大学名誉教授)「脱プラスチックで海の豊かさと私たちの健康を守る!」
第2回 平塚真弘(仙台あおばの会副代表、東北大学大学院薬学研究科准教授)「わかりやすく解説!新型コロナウイルスとワクチンについて」
第3回 石田一也(宮城県議会議員)「暮らしと政治」
第4回 武田暁(元角田市議会議員)「世界人としてのあなた」
第5回 阿部一也(放課後等デイサービス管理者)「障害のある方への合理的配慮について」
第6回 大久保哲子(宮城県農業園芸総合研究所技師)「シャインマスカットの栽培技術の習得と喜び」
第7回 武山理恵(ふとうこうカフェ代表)「“学校に行きたくない”当事者が求める不登校支援とは」
第8回 野口康彦(茨城大学人文社会科学部教授)「離婚と再婚の心理、そして変わる家族のかたち」
第9回 齋藤隆幸(㈱ウッドホーム専務取締役)「菌、ウイルス等から生活を守る 光触媒コーティングの必要性」
第10回 東田美香(キミノトナリ代表)「にんしん SOS 仙台について」
第11回 木下英樹(東海大学農学部准教授)「美容と健康に役立つ豆乳ヨーグルトの機能性」
第12回 根岸晴夫(中部大学応用生物学部教授)「お肉の世界をサイエンスの目で探る」
第13回 川久保尭弘(フードバンク仙台代表)「貧困を終わらせる SDGsを実現する新しい食糧支援の可能性」
第14回 荒川健佑(岡山大学准教授)「乳酸菌を用いた食品保蔵―バイオプリザーベーション」
第15回 落合成行(東海大学教授)「まさつの科学と環境への貢献」
第16回 大槻正俊(元仙台市議会議員)「私の取組んで来たこと ~主に福祉分野を中心として~」
第17回 矢嶋信浩(広島大学客員教授)「今話題の腸内細菌と乳酸菌」
第18回 川井泰(日本大学生物資源科学部教授)「乳酸菌が生産する抗菌性ペプチドとその利用」
第19回 佐藤正友(元角田市議会議長)「林業とSDGs」
第20回 石山次郎(スクラム釜石代表)「東日本大震災からの復興~ラグビーワールドカップの釜石開催~」
第21回 織笠英二(東北駆け込み寺代表理事)「東日本大震災と市民活動」
第22回 佐保貴大(仙台シリウス法律事務所弁護士)「弁護士から見たいじめ問題」
第23回 鈴木好子(元仙台市立病院看護師長)「これからの終活と幸せな逝き方、家族の看取り方」
第24回 齋藤忠夫(仙台あおばの会代表、東北大学名誉教授)「食品ロスを削減し、世界の飢餓をなくす!」
これらの講義はどれも、講師の情熱がスクリーン越しに伝わってくる素晴らしい内容になっていると思います。ここでは、紙面の都合から、2つの講義の概要を紹介します(「あおば市民大学一年間の講義のまとめ2022」より引用)。
● 第5回 阿部一也(放課後等デイサービス管理者)「 障害のある方への合理的配慮について」
合理的配慮とはハンディキャップのある人たちの要望を受けて、社会の中にある障壁・バリアをとりのぞくことです。障害があると、多くの人が当たり前にできていることができないことで、理解されなかったり、つらい思いをすることがあります。これは、私たちの社会が、障害のある方や高齢の方、外国の方など、多様な方々がいることを考慮せず、多数を占める人たちの事情に合わせて作られているからです。そのため、障害のある方にとっては困りごとや不利益をもたらす「社会的障壁」が生まれ、生活しにくく、生きづらい社会環境となっています。障害者の権利として、特別なことや、新しいことを主張しているわけではありません。障害のある人もない人も同じように、好きな場所で暮らし、行きたいところに行けるといった当たり前の権利と自由を認め、社会の一員として尊厳をもって生活することを目的としています。障害のある方から、社会的障壁を取り除くための対応を求められたときに、負担が重すぎない範囲で対応することです。人は一人ひとり違います。その方にとって、何が障壁になるかも、一人ひとり違います。困っている様子に気付いた時には「どうかしましたか」「お手伝いしましょうか」と、声をかけましょう。対応を求められたときは、必要な配慮の内容や具体的な方法を確認して対応しましょう。
● 第21回 織笠英二(東北駆け込み寺代表理事)「東日本大震災と市民活動」
1000年に一度の大災害である東日本大震災を機に始めた講師の市民活動ボランティアの紹介をします。緊急の災害復旧活動は、仙台から一番の遠隔地で支援が届きにくい気仙沼市唐桑町で行いました。東日本大震災で被災地を訪れたボランティアは2011年~2017年で154万人にのぼりました。支援活動の中に「聞き書きプロジェクト」があり、東北沿岸のくらし、伝統、文化、産業を書き残し次世代に伝える活動で、生きた証の「自分史」を60人に提供しました。その人たちは「人の為になるように」「助け合って生きていくように」と育てられたと語っていました。自分史は資料的価値が認められ、国立国会図書館に永久保存されています。被災地の生活の様子を毎日ブログで発信する情報ボランティアも行い、そのブログは読者によって小冊子として発行されました。ブログの中には「助け合いはあたりまえのこと」「欲しいものは自分のものではない」「奪いあえば足りない、譲り合えば余る」など被災者が語った素晴らしい言葉が残されています。所属団体である明るい社会づくり運動の11年間の被災者支援活動を動画で紹介しました。復興の現状として、道路、港湾、住宅など社会インフラは100%復旧が終わっていますが、被災者の心の問題は震災発生直後と変化はなく、11年経過した現在も心が病んでいる人が多いです。震災後の心のケアを行っている「心のケアセンター」の報告では、現在も年間6,000件の相談があり11年前と変わらないということです。被災者の種々の悩みの受け口として「一般社団法人東北駆け込み寺」を設立しました。駆け込み寺は「たった一人のあなたを救う」をモットーに性別、年齢、住居地、宗教を問わず、人間関係、家庭の悩み、職場の問題、DV、ひきこもりなど、さまざまな悩みを抱えた人々の話を聴き、誰であろうと分け隔てなく、すべて無料で電話相談や対面で相談を受けています。東北駆け込み寺は2018年4月に仙台に設立され、石巻市、名取市にも相談室があります。相談員ボランティアは大学生から70代まで138名が登録しています。登録条件は「人の役に立ちたい」気持ちがあれば資格や経験は問いません。相談時間は毎日13時~16時(水曜日定休)、月曜日、火曜日、木曜日は夜間も受け付けています。相談状況は年間200~300件で、内容は家庭の問題、心の問題、仕事の問題、お金の問題で75%を占めています。年代は50代がトップで40代、30代、20代と続きます。性別は女性が70%です。遺伝子工学の世界的権威である筑波大学名誉教授・村上和雄先生は、著書『コロナの暗号』に以下のように書いています。「人間が生物の中で最も繁栄できたのは、助け合う力があったから」=前半で紹介した「聞き書きプロジェクト」でも話してくれた人はみな人の役に立ち、助け合って生活していた様子がうかがえました。人間には助け合って生きる遺伝子が組み込まれているということでしょう。震災の時に学生を3日間自宅に泊めて片道のガソリンで送って行ったご夫婦は本当にお互い様の精神で行動したのでしょう。「困難な時ほど利他的遺伝子がON になる」=東日本大震災のボランティアは154万人も被災地に駆けつけました。利他的精神は特別なものではなく「あたりまえのこと」なのであろうと確信します。
市民大学開催当初は、立正佼成会仙台教会の一部の会員さんに開催日時とZoom のURL を広報するのみであり、受講者は10人前後でした。その後、講義映像をYouTube に限定配信(立正佼成会仙台教会の会員のみ)した結果、100以上の視聴回数があり、オンタイムで参加できない方もアーカイブから視聴してもらえることが分かりました。現在は、仙台あおばの会・市民大学のホームページ(仙台あおばの会・市民大学のホームページ:https://aobadaigaku.wixsite.com/website)を作成し、これまでの講義のアーカイブ掲載を行っています。さらに、これまで立正佼成会仙台教会の会員さんに限定していたYouTube 配信を完全オープンに移行し(仙台あおばの会・市民大学チャンネル https://youtube.com/channel/UCbteoGxs7xrDJN_eSITKW5w)、仙台市民、宮城県民、日本全国、全世界へ「仙台あおばの会・市民大学」の講義コンテンツを発信できるようになりました。
コロナ禍は私たちに様々な課題を突きつけましたが、一方で、「オンライン市民大学」という情報発信ツールの創成に気づかせてくれたのでした。また今回、市民大学を開講したことで有識者のネットワークがさらに拡大したということが、「仙台あおばの会の挑戦」における大きな成果だったと思います。これまで、仙台あおばの会は社会活動をしているNPO法人とほとんどご縁、あるいはネットワークがありませんでした。しかし、「市民大学を開催するので是非講義をして頂けませんか?」というお誘いをするきっかけができたことで新たな有識者ネットワークの構築に成功したと思います。ただ一方で、市民大学をやり始めると、それが「目的」になってしまいかねないということが非常に怖いところです。1年間に24回もの講義を開講することは決して楽なことではなく、「講義をやってくれる方を集めないといけない、謝礼はどうする?聴講者への告知はどうするか?映像の編集をできる人はいるのか?」などと、様々な課題がありました。それらを必死になって解決しようと頑張れば頑張るほど、「市民大学自体が目的」となるような錯覚に陥りがちです。あくまで市民大学は、我々の「情報発信のツール」であるということを肝に銘じて、それを活用することで、仙台あおばの会が目指す本来の目的「従来にない新たな発想で、今日的課題解決のヒントを発信して行く」を達成していかないといけないということが、現在我々に課されている課題であり「新たな挑戦」ではないかと思っています。何かを継続するということは、時に、非常に難しく、困難を生じることがあります。したがって、「仙台あおばの会の活動を持続可能なものにするためには、どうしたら良いのだろうか?」といつも考えています。少なくとも、この市民大学はオンラインで情報発信するツールです。一方で、講演やワークショップのような対面で行う情報発信の手段も極めて効果的であることをこれまで十分に体験してきました。今後は、それらのバランスをとりながら、持続可能な活動にしていきたいというのが、仙台あおばの会メンバー共通の願いです。「ピンチだと思っていたことが実はチャンスだった!」、改めて、「人生には必要のないイベントが起きない」ことをかみしめています。
(本稿は『人間と科学』第29号 役員からの提言「仙台あおばの会の挑戦:新型コロナ禍にオンライン市民大学を開講!」ならびに令和5年度「第14回善知識研究会」での事例発表に加筆修正を加えたものです)
◆プロフィール◆
平塚真弘(ひらつかまさひろ)
1968年 宮城県女川町で生まれる
1991年 東北大学薬学部卒業
1996年 東北大学大学院薬学研究科博士課程修了・博士(薬学)
1996年 東北大学医学部・助手
1998年 東北大学病院・薬剤師
2002年 東北薬科大学・講師
2006年 スウェーデン・カロリンスカ研究所客員研究員
2008年 東北大学大学院薬学研究科・准教授 現在に至る
専門分野:
ゲノム薬理学、薬物動態学、薬物治療学、医療薬学
著書:
『薬物動態研究ガイド―創薬から臨床へ―』(エル・アイ・シー)
『イラストで学ぶ必修薬物治療学』(廣川書店)
『製剤化のサイエンス』(ネオメデイカル)
『遺伝子診療学(第2版)遺伝子診断の進歩とゲノム治療の展望 』(日本臨牀)
受賞:
日本薬学会奨励賞(2002年)
日本薬物動態学会奨励賞(2002年)
日本医療薬学会学術貢献賞(2012年)
日本薬学会学術振興賞(2016年)
(『CANDANA』298号より)