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「明日への提言」

多様性とレジリエンスを踏まえた持続可能な開発

小池 俊雄(東京大学大学院教授)

多様性について

1998年11月末、筆者はシベリア極東のヤクーツク郊外のアカマツ林に設置された大気-陸面の相互作用を計測する30m のタワーを訪れた。その2ヶ月後、今度はアマゾンの中核都市マナウス郊外の40m のタワーに登った。前者は気温-40℃のアカマツ林の雪景色、後者は+40℃、湿度100%の熱帯雨林である。シベリアでは、木々の樹高、樹形が、まるで植林されたかのように揃っていて、視程の限りただひたすらに単調であった。アマゾンでは全く逆で、一本一本の姿かたちが大きく異なり、あたかもすべてが別種であるかのようで、あまりにも多様な風景にただただ驚愕するばかりであった。

丸い地球では、太陽から受け取るエネルギー量が緯度に応じて系統的に違っており、熱容量の大きな海洋が及ぼす影響の違いとも相まって、植物の成長量、有機物の分解量、風雨による災害外力、微生物や害虫などの影響に明確な違いが生じる。その結果、高緯度帯では必然的に単調となり、またそれが赦される環境が形成される。一方、低緯度帯では多様であることが生存戦略の必須条件となる。短期間に経験したこれら2つのタワーからの眺めの違いから、私たちが生きるこの地球の多様性とその意義を実感した。

地球生物圏の一部として発生、分化し、いまや地球システム全体に影響を与えるようになった人間圏も多様である。文化史家、思想史家、そして倫理学者である和辻は、あきれるほどに湿ったモンスーンアジア、過酷な半乾燥帯の中東を巡り、その後に訪れた地中海を「牧場的風土」と評し、古代ギリシア、ローマ文明は、この従順な風土のもとで、しかも労働から一定の隔たりをおける社会条件をつくり上げることによって成り立ったとしており、環境と人間活動が織り成す風土の多様性を説いている。

しかしながら、侵略や植民地支配、宗教的衝突など、人間圏における社会史は、多様性を否定し、自らの価値観や文化を押し付けてきた歴史と言ってよかろう。経済的価値観を中心に据えた統治は、そもそも中世から近世にかけて混乱の極にあった欧州において、危険で破壊的な情念をコントロールして、安定した統治を確立するために導入されたパラダイムであった。しかし、このパラダイムによって西欧の近代化が進められ、要素原理依存型の科学技術の発展と利潤追求に主導された成長型文明を築き上げられた。現代、これこそが世界標準と考えられて、多様性の存在意義が危うくなっている。

レジリエンスについて

先にアマゾンの熱帯雨林の多様性に触れたが、この林床を歩くと、がっしりとした板根を四方に張り巡らして、居丈高にそびえ立つ大木の周りに、ようやく背丈ほどにのびた幾種もの植物が、大木の樹冠からの木漏れる陽光をなんとか頂いてヒョロリと立っている。この環境が極めて大きな気象擾乱に襲われると、大木が倒壊する。すると大木の周りのヒョロリとした幾種もの予備軍が、充分な太陽エネルギーを得て一斉に成長を始め、その競争に勝ち抜いたものが次代の大木となる。また害虫や病原菌などの被害を受けても、これらの天敵に強い種が含まれていることによって壊滅的被害を回避することができ、また早期の回復も可能となる。

このように、困難で脅威的な状況にも関わらず、うまく適応する過程・能力・結果のことをレジリエンス(resilience)という。精神医学分野で生まれたこの概念が、生態系の自然の回復力や、自然災害からの社会の回復力という意味にも使われるようになり、さらには気候変動に適応する社会のあり方においても用いられるようになっている。精神医学分野におけるレジリエンスの尺度の研究は多方面にわたっており、子供を対象とした研究では、ストレスの感知力、現実統制力、問題解決能力、対処方略などが挙げられている。また大人をも含めた層を対象としたものとして、幅広い範囲のパーソナリティ、認知力、対人関係の特徴や機能などが尺度として適していると言われている。

地球生物圏に学ぶと、環境に応じて形成される多様性がシステム全体のレジリエンスを担保しており、また精神医学のアナロジーに従えば、確かな情報を共有し、情報に基づくガバナンスを確立し、対応策のオプションをあらかじめ用意して戦略的に対応でき、地域間やセクター間でネットワークを構築することが、レジリエントな社会づくりに必要な要素となろう。

持続可能な開発とは

1972年にストックホルムで開催された国連人間環境会議は、国連の枠組みにおける地球環境の議論の始まりと位置づけられているが、環境に対する南北間の差の大きさを象徴する会議でもあった。『かけがえのない地球(Only One Earth)』のテーマ下で、大気・水質・土壌の汚染による公害問題が会議の焦点として議論されたが、途上国は貧困こそが最大の問題であると主張した。インドの代表からは「汚染が問題となるような開発が欲しい」との声も上がったと言われる。

時期を同じくして、人工衛星による地球観測から、熱帯林が急激に減少し、砂漠化が地球規模で拡大していることに、人々ははじめて気付いた。この結果を受けて、ストックホルム会議の10年後に当たる1982年に、ナイロビにて国連環境計画(UNEP)特別会議が開催され、「環境に対する脅威は、浪費的な消費形態のほか貧困によっても増大する。双方とも人々に環境を過度に利用させる可能性がある。」として、先進国と開発途上国との環境と開発をめぐる議論についての共通の土俵がつくられた。

このナイロビ会議の重要な成果が、「環境と開発に関する世界委員会(通称、ブルントラント委員会)」の設立といわれており、同委員会より1987年に国連に提出された報告(Our Common Future)において、先進国と途上国が共有できる概念として、「持続可能な開発」が打ち出された。これは、ナイロビ会議の10年後の1992年にリオデジャネイロで開催された国連地球サミットにおいて、人類生存の中心的な考え方として受け入れられた。さらにその20年後の2012年に同じリオデジャネイロで開催されたサミットにて、持続可能な開発目標(SDGs)を策定する方向性が議論され、2015年9月の国連総会での決議を目指して議論が進められているところである。

そもそも人間の開発行為には、様々なリスクが内在している。それは、急激な人口増加や減少および少子高齢化などの人口問題、貧困格差やサプライチェーンなどを含む経済問題、無秩序な都市化や森林破壊・砂漠化などの土地利用問題、不安定な統治や紛争などの政治問題など、人間の社会活動に起因している。食糧、健康、エネルギー、水、生物多様性などの人間の安全保障(human security)の危機は、これらの諸問題が相互に関連して生じており、気候の変化や自然災害によって壊滅的な被害につながることがある。したがって、持続可能な開発のためには、人間社会の諸問題と人間の安全保障との関係を総体として理解し、将来発生しかねないリスクを未然に予防し、現在あるリスクを低減し、一旦被害が生じた場合に早期の回復を可能にするレジリエンスを確立する必要がある。

科学技術の限界と貢献

仮説を表式化し、それを観測、測定して実証することによって事実的知識を生み出す演繹的推論手法と、逆に事実的知識の集まりから新たな仮説を生み出す帰納的推論手法とが、ループを形成することによって、膨大な事実的知識が形成される。その中で、移転、共有が可能となった形式知が科学の知である。しかし科学史の中で、特に近年、科学の知は爆発的増加を遂げた。その結果、形式知となる過程、すなわち移転、共有を実現する段階で、対象分野の細分化と系統化が進んだ。その結果、部分システムにおける科学の知は集積されても、それらが全体システムに反映されない事態となっている。あるいは全体システムや他の部分システムの影響を当該部分システムに取り込めないために、分化した分野間にまたがる問題の本質的な解決につながらないという問題も生じている。

この科学の知の本質的な構造の中で、持続可能な開発に必要な統合的な科学の知を形成することは極めて難しい。まずは、自然科学と社会・人文科学の分野が協働して問題を理解し、解決に導く科学の知を創造するための分野間連携(inter-disciplinary)の確立が望まれるところである。また社会における合意の形成には、多様性を前提に様々なステークホルダーと専門家間で双方向のコミュニケーションを活性化させ、データや情報を体感し、共有することが必要で、その結果、経験や知識、アイデアを相互に交換できるようになり、これらのプロセスによって協働が生まれる。また、顕在化している課題の解決はもとより、新しく直面する課題に対しても、早期に課題の全体像を的確に把握し、効果的な対応策を見出すための科学の知を創造するとともに、その適用によって問題を解決し、公共的利益を創出することが求められており、科学と社会との連携(trans-disciplinary)の実現が望まれている。

分野間連携と社会と科学の連携を進めるには、まず分野を超えてデータや情報を共有し、分野間で科学の知を相互につなぐ作業(interlinkage)が必要である。学術の統合や融合が必要と言われて久しいが、このつなぐ作業が極めて困難であるために、実際には効果的な統融合は行われていない。多様で膨大な自然科学系データ、社会科学系情報と、各分野のモデルを統合する情報基盤を構築し、分野を超えた科学の知の創出事例を増やしていくことから始めなければならない。また様々なステークホルダーと科学コミュニティの間で考えや経験を交換し、対応策のオプションの検討を相互協力で進めるために、発想、計画の段階から実施段階まで、両者の協働を支援するデータ統融合やシミュレーション、可視化などの機能の提供が求められている。さらに、これらの事例を広く共有していくことによって、健全な意思決定が支援され、ガバナンスが強化されるとともに、国や地域、分野を越えたネットワーキングが確立されていく。

人類が延々40年かけて議論をしても、まだ目標の合意にすら届かない「持続可能な開発」を実現に導くには、各地域の多様性が生まれた背景や必然性に敬意を払い、レジリエンスを確立し、様々なリスクを管理する能力を身につける必要がある。そのために、新たな科学技術の展開が求められている。


◆プロフィール◆

小池 俊雄(こいけ・としお)        (1956年生)

福岡県生まれ。1980年、東京大学工学部卒業、85年、同大学院工学系研究科修了(工学博士)。同年、東京大学工学部助手、86年、同講師、88年、長岡技術科学大学工学部助教授、99年、同教授を経て、同年、東京大学大学院工学系研究科教授となり、2014年よりユネスコの水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)センター長を兼任し、現在に至る。東京大学地球観測データ統融合連携研究機構機構長、文部科学省地球観測推進部会委員等を務める。専門は、地球水循環・地域水資源学。

著書:『地球環境論』(共著、1996年、岩波書店)、『大気圏の環境』(共著、2000年、東京電機大学出版局)、『環境教育と心理プロセス ― 知識から行動へのいざない』(共著、2005年、山海堂)、ほか。

(CANDANA260号より)


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