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「明日への提言」

学校からの排除をめぐる支援システムの構築について

荒牧小百合(洗足学園音楽大学/聖徳大学講師)

はじめに:教育における「多様性」のコストとアポリア

 「誰一人取り残さない」というスローガンは、教育現場において美しく響くが、同時に現場の教師たちに重い沈黙を強いる言葉でもある。今日、学校における多様性(ダイバーシティ)の重要性が叫ばれない日はない。しかし、あえて言わねばならない。多様性は「しんどい」のである。そして、多様性の包摂には莫大なコストがかかる。

  学級には、発達障害の傾向がある子、日本語指導が必要な子、貧困家庭の子、そしてヤングケアラーなど、多様な困難を抱えた子どもたちが在籍している。彼らを包摂し、等しく「資質・能力」を育むことが求められる一方で、学校は「水準(スタンダード)」の維持という要請からも逃れられない。水準の維持と多様な個の包摂。この二律背反(アポリア:解決困難な難題)こそが、現代の学校教育が直面している最大の課題である。

 本稿は、筆者が長年フィールドとしてきた英国(イングランド)の事例を取り上げる。英国は義務教育段階の停学・退学は合法であり、ホームスクーリングも法的に制度化されている。ここでは、特に学校からの「排除(exclusion)」と、その受け皿となる「オルタナティブ学習機関(Alternative Provision:以下、AP)」の実態を参照項としつつ、日本における「学校からの排除」をめぐる支援システム構築の課題を検討するものである。

 日英の比較視点から浮かび上がるのは、日本の「メンバーシップ型実践コミュニティ」としての学校の特質と、そこから排除された時のダメージの深さである。子どもたちの学ぶ権利を実質的に保障するために、国はどのような役割を果たすべきか、そして実際のフロントライン(現場の最前線)における負担とコストを誰がどう分担すべきか。本稿は、理想論ではない「明日への提言」として、この痛みを伴う問いに向き合いたい。

1.「 社会正義(Social Justice)」をめぐる議論と子どもたちの排除

(1)包摂という名の「負担の個人化」

  「社会正義」の実現は教育の崇高な目的である。しかし、その正義を誰が遂行するのかという議論が欠落したまま、現場への要請だけが肥大化していないだろうか。

  筆者が英国の事例から学んだことの一つは、インクルージョンや社会的包摂を政策として推進する際、そこには必ず「資源(リソース)」の裏付けが必要だという冷徹な事実である。英国では、労働党政権下(1997年~2010年)で導入された「コネクションズ(Connexions)」のような包括的な若者支援サービスが、政権交代と緊縮財政によって解体され、その責任が学校へと「移譲(という名の丸投げ)」された歴史がある(白幡, 2015)。その結果、何が起きたか。学校の負担増と、支援の質の低下とばらつき(格差)である。

 日本においても同様の構図が見え隠れする。不登校児童生徒数が過去最多を更新し続ける中、学校は「チーム学校」のスローガンの下、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーとの連携を模索している。しかし、中心にいる教員の多忙感は極限に達している。多様な子どもたちを教室の中に留めようとすればするほど、現場は疲弊し、結果として「教室に入れない」「学校に来られない」という形での「排除」が不可視化されたまま進行しているのではないか。

 多様性を包摂することは、単に異質なものを同じ場所に置くことではない。それぞれのニーズに応じた適切な支援(合理的配慮)を提供することである。それには、専門的なスキルと、人手と、時間という「コスト」がかかる。このコストを「教員の使命感」という精神論で回収しようとするシステムは、もはや限界を迎えている。

(2)不登校・排除の深層にあるもの

 「排除」の力学は、可視的な「退学処分」だけではない。教室の中に居場所を見つけられず、自尊感情を削り取られていく「精神的な排除」や、学習についていけずドロップアウトしていく「カリキュラムからの排除」も存在する。

 英国では、学校のパフォーマンス(学力テストの結果など)が厳しく問われる成果主義の中で、成績の振るわない生徒や手のかかる生徒を学校から追い出す「オフ・ローリング(off-rolling)」が問題視されてきた(白幡, 2022)。これは、学校が「水準」を維持するために、コストのかかる生徒を排除するという、市場原理的な力学の帰結である。

 日本においては、制度的な「退学」は義務教育段階では稀だが、同調圧力の強い教室空間からの「自発的な撤退」としての不登校が、実質的な排除として機能している。子どもたちは「ここにいてはいけない」という無言のメッセージを受け取り、学校を去る。あるいは「ここにいては苦しい」から学校に行けなくなってしまう。この現象を単なる個人の適応の問題として処理するのではなく、学校というシステムが内包する排除の論理として捉え直す必要がある。

2. メンバーシップ型学校からの排除の衝撃:日英比較の視点から

(1) 日本の「メンバーシップ型」学校の閉鎖性

 日英の学校文化を比較した際、最も顕著な違いは、学校が生徒や保護者にとってどのような意味を持つコミュニティか、という点にある。

 日本の学校は、強固な「メンバーシップ型実践コミュニティ」である。入学と同時に、子どもはその学校の「一員」となり、制服を着、校則を守り、集団行動を通してアイデンティティを形成する。保護者もまた、PTA活動などを通じてそのメンバーシップに組み込まれる。ここでは、所属することが「安心」の源泉であり、社会的な承認の基盤となる。

 それゆえに、このコミュニティから「排除」されることの意味は重い。不登校や退学によってメンバーシップを喪失することは、単に「学ぶ場所」を失うだけでなく、地域社会における居場所や人間関係のネットワーク、さらには「普通であること」という社会的な承認さえも失うことに等しい。日本において不登校が、親子ともにこれほどまでに深い苦悩と孤立をもたらすのは、学校が代替不可能なクローズドなコミュニティとして機能しているからである。

(2) 英国の「フレキシビリティ」とその限界

 一方、英国の学校は比較的機能的であり、契約に基づいたサービス提供の場という側面が強い。学校選択の自由もあり、転校も日本より頻繁である。一見するとフレキシビリティが高く、一つの学校から排除されても、別の場所でやり直せるように見える。

 しかし、筆者がその「別の場所」である現地のAPやPRU(Pupil Referral Unit:生徒委託機関)で聴取した現実は、それほど甘いものではなかった(白幡,2021)。英国においても、メインストリーム(通常の学校)からの「排除」は、多くの子どもたちにとって「ポイント・オブ・ノーリターン(帰還不能点)」となっていた。

 一度メインストリームから弾き出され、PRUなどの「最後の砦(last resort)」に送られた生徒が、再び元の学校に戻ることは稀である。PRUの教員やスタッフは、「ここが彼らにとっての最後の場所だ」という覚悟を持って指導にあたっている。彼らは、メインストリームの学校が手放した「しんどい」子どもたちを一手に引き受け、教育と福祉の狭間で奮闘している。そしてその提供される教育の「質」も、携わる教員のコミットメント(熱意・責任感)に大きく左右される。すべての「最後の砦」に熱心な先生だけがいるわけではない。

 英国の事例が示唆するのは、たとえ制度的な受け皿(AP)が整備されていたとしても、メインストリームからの排除は、子どものキャリアや人生に不可逆的な傷跡を残すということである。ましてや、公的な受け皿が未整備な日本において、学校からの排除が子どもに与えるダメージは計り知れない。

(3)排除の質の相違

 日本の排除は、集団の「空気」になじめない者が、自ら身を引く形で生じることが多い。それは静かで、内向的な排除である。対して英国の排除は、規律違反や暴力行為に対する「処分」として、法的・行政的な手続きを経て行われる。それは可視的で、強制的な排除である。

 しかし、どちらも本質は同じである。「コストのかかる子」「異質な子」を、システムが抱えきれなくなった時、排除は起こる。日本の学校は、表向きは「全員包摂」を掲げながら、現場の教員の献身に依存することでシステムを維持してきた。だが、その限界が露呈した今、私たちは「排除」を前提としない、あるいは排除されたとしても、それが「社会的死」を意味しないような、新たな支援システムを構築しなければならない。

3. 排除をめぐる支援システム構築の課題

(1) 誰がコストを負担するのか:「権利」としての支援

 支援システム構築の最大の課題は、「コスト」の所在を明確にすることである。多様な子どもたちの「学ぶ権利」を守ることは、国の責務である。しかし、現状ではそのコストの多くが、現場の教員の長時間労働や、保護者の自助努力(フリースクールの費用負担など)に転嫁されている。

 英国のEHC プラン(教育・保健・ケアプラン、Education, Health and Careplan)の仕組みは、示唆に富んでいる(白幡, 2022)。これは、特別なニーズのある子どもに対し、教育・医療・福祉が連携して支援を行うための法的拘束力のある支援であり、そこには公的な予算(トップアップ資金など)が付随する。わかりやすく言えば、日本の「障害者手帳」のような公的な認定証としての側面に加え、個別の「教育支援計画」に予算措置の法的強制力を持たせたような強力な仕組みである。つまり、支援が必要な子どもには、それに見合った「資金」と「人手」をつけることが、権利として保障されているのである。

 もちろん、英国のシステムも万能ではなく、EHCプラン取得のハードルの高さや、自治体による格差などの問題はある。しかし、「支援にはコストがかかる」という前提に立ち、それを公的に負担しようとする枠組みは、日本の「配慮」や「善意」に頼るシステムとは決定的に異なる。日本においても、個別の支援計画に、具体的な予算と人的配置を紐づける制度設計が必要ではないか。

(2) 専門性の分化と「つなぐ」機能の強化

 次に必要なのは、教員の役割の再定義と、専門職との協働である。日本の教員は、教科指導から生徒指導、部活動、給食、清掃指導まで、あらゆる役割を担う「トータル・マン」であることを求められてきた。しかし、多様化・複雑化する課題に対し、教員だけですべて対応することはもはや不可能である。

 英国の学校で見られるような「つなぐ」機能、コーディネーターの存在は重要である(白幡, 2021)。彼らは、教育だけでなく、福祉や警察、医療などの多機関と連携し、子どもの生活全体をコーディネートする専門職である。英国においてバルネラブルな(脆弱性を持つ)子どもたちへの支援の特徴は関係機関との強い連携、そして関係者との情報共有である。この連携のフロントラインがコーディネーターであり、これを支える大きな基盤が、学校におけるスクールリーダーの強いリーダーシップである。

 これはあるAPの事例であるが、「キー・ワーカー(Key Worker)」といわれる専門スタッフ(警察や医療、福祉など)が教育機関と契約し、放課後の子どもたちへの直接的な支援を提供している。このキー・ワーカーは日本におけるスクールソーシャルワーカーに近いが、より学校教育の内部に入り込み、教員と対等な立場で子どもを支える存在である。

 教員が「教える専門家」としての役割に軸足を置きつつ、福祉や心理の専門家がチームとして機能する。そのためには、「チーム学校」をスローガンで終わらせず、学校の強いリーダーシップの下、専門職が常駐し、実質的な権限と予算を持つような配置転換が不可欠である。

(3)「 ポイント・オブ・ノーリターン」にしないために

 最後に、排除を「不可逆的なもの」にしないための回路について述べたい。

 英国のPRU は「最後の砦」として機能しているが、理想はそこに至る前の予防的介入である。日本においても、スペシャルサポートルームや校内フリースクールなど、教室以外の居場所づくりが進んでいる。重要なのは、それらが「隔離場所」ではなく、「多様な学びの場」として正規に位置づけられることである。

 メンバーシップ型の学校文化を解きほぐし、教室にいなくても、制服を着ていなくても、その学校の一員として認められるような、柔軟なメンバーシップのあり方を模索すべきである。そして、一度学校を離れたとしても、学びの履歴が途絶えることなく、いつでも戻ってこられる、あるいは別の場所で学び続けられる「学習権の保障」を、制度として確立しなければならない。

 排除された子どもたちが直面するのは、教育の機会損失だけではない。社会との接点を失い、将来のキャリアへの展望を閉ざされることの恐怖である。キャリア・ガイダンスの観点からも、学校を離れた子どもたちへの継続的な伴走支援(コネクションズが目指したような)を、地域社会の中に再構築する必要がある。

おわりに:明日への提言

 学校における多様性の包摂は、きれいごとではない。それは、現場の教員にとっても、子どもたちにとっても、時に痛みや葛藤を伴う「しんどい」営みである。しかし、その「しんどさ」を個人の努力で乗り越えようとするのではなく、社会全体のコストとして引き受け、システムとして支えること。それが、「明日への提言」としての第一歩である。

  「水準」と「包摂」のアポリアは、簡単には解消できない。しかし、英国の事例が示すように、法的な権利保障と資源の裏付け、そして専門職の協働によって、その矛盾を緩和することは可能である。日本の学校が持つ「メンバーシップ」の温かさを維持しつつ、その閉鎖性を打破し、排除を生まない、あるいは排除を「終わり」にしないための支援システムを構築すること。それが、私たちに課せられた責務である。

 多様性をコストとして切り捨てるのではなく、未来への投資として引き受ける覚悟が、いま、国と社会に問われている。


【参考・引用文献】

苅谷剛彦.(1995).『大衆教育社会のゆくえ―学歴社会の新しい層』中央公論社.
慶應義塾大学産業研究所HRM 研究会(編).(2022).『ジョブ型vs メンバーシップ型―日本の雇用を展望する』中央経済社.
白幡真紀.(2015).『イギリスにおける学習と訓練の公共管理システム―需要主導アプローチへの転換』大学教育出版.
白幡真紀.(2021).「困難を抱える若者に対する学習機会と支援提供および教育相談体制―イギリスのオルタナティブ学習支援(Alternative Provision)をめぐる課題から」『東北教育学会研究紀要』24, 15-28.
白幡真紀.(2022).「イギリスの中等学校における包摂と排除の考察―義務教育段階の停・退学と支援の必要な生徒に焦点を当てて」『東北教育学会研究紀要』25, 15-28.
新谷康浩.(2023).「メンバーシップ型規範と学校システム」『横浜国立大学教育学部紀要』6, 125-133.
濱口桂一郎.(2009).『新しい労働社会』岩波書店.
Department of Education(DfE).(2013). Alternative Provision: Statutory Guidance for Local Authorities.
Department for Education(DfE).(2014). Careers guidance and inspiration in schools: Statutory guidance.
Department for Education( DfE) and Department of Health(DH).(2015). Special educational needs and disability code of practice: 0 to 25 years.
National Audit Offic(e NAO)(. 2004). Connexions Service: Advice and guidance for all young people.
Ofsted(2007). Pupil referral units: establishing successful pupil referral units in schools and local authorities(070019).

【注】

オルタナティブ学習機関(Alternative Provision: AP):排除(exclusion、義務教育学校からの退学を含む)、疾病、または他の理由によってメインストリームの学校に行くことができない生徒に対し提供される教育(期間)。地方当局または学校によって手配される(DfE,2013)
メンバーシップ型:職務(ジョブ)ではなく、組織の一員(メンバー)であることに重きを置くあり方。学校においては、学習内容の習得よりも、学校共同体への所属や同調が優先される特質を指す(新谷, 2023)。
コネクションズ(Connexions):2001年に設立された若者支援サービス。13歳から19歳の全ての若者に対し、一人一人に対してパーソナル・アドバイザーが教育・福祉・労働等の領域横断的な支援をワンストップで提供した(NAO, 2004)。2012年の制度改正により事実上解体され、その機能は学校や地方当局に分散・移譲された。
公立義務教育諸学校においては懲戒としての退学・停学は禁じられているが、私立学校では可能である。また、公立校でも出席停止措置は存在する(学校教育法第35条)。
PRU(Pupil Referral Unit):地方当局により運営される「生徒委託機関」。AP の一形態であり、問題行動や疾病などで学校に通えない生徒のための一時的な教育機関として位置づけられるが、実際には長期化することも多い(Ofsted, 2007)。
EHC プラン(Education, Health and Careplan):2014年子どもと家族法に基づき導入された「教育・保健・ケア計画」。0歳から25歳までを対象とし、教育、保健医療、ケアに関するニーズを包括的に評価し、法的拘束力のある支援を提供する(DfE, 2014; DfE and DH,2015)。従来のステートメントに代わるものである。

◆プロフィール◆

白幡 真紀(しらはた まき)

 仙台大学体育学部教授。
 東北大学大学院教育学研究科博士課程後期単位取得満期退学、博士(教育学)。
 専門は比較教育学。イギリスの職業教育・訓練政策、キャリア教育・ガイダンス、オルタナティブ教育を主な研究領域とする。近年は、貧困や障害など様々な困難を抱える「支援の必要な子どもたちに対する移行支援」をテーマに、イングランドの事例について調査研究を重ねている。
 主な著書に『イギリスにおける学習と訓練の公共管理システム―需要主導アプローチへの転換』(大学教育出版)、論文に「イギリスの中等学校における包摂と排除の考察」(『東北教育学会研究紀要』)などがある。

(『CANDANA』302号より)

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